北アジアでのヘルステック規制に関する問題の比較:日本

By 杉村 光嗣、寺田 光邦そして泉 卓也、杉村萬国特許法律事務所
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日本

韓国

医療技術は日本で大きな注目を集めており、日本の医療産業の市場規模は今後も拡大することが見込まれます。経済産業省の報告書によると、医療産業の産業価値は2025年までに33兆円(2300億米ドル)に達すると予測されています。また、医療技術に関する特許の出願件数は着実に増加しており、日本特許庁によれば、2013年から2019年にかけて世界全体で倍増しています。日本政府は、ヘルステックおよび医療デジタルトランスフォーメーション(以下「DX」といいます)を推進しており、DXの進捗状況を共有・検証するため、2022年に内閣府にいわゆる「医療DX推進本部」を設置しました。その任務は、個人健康記録 (PHR) の利用を促進することのようであり、推進本部は政府が発行するIDカードが個人健康記録のポータルとなることを期待しています。どのような方向に進むにせよ、医療DXをはじめとするヘルステックにおいて、個人情報保護は重要な法的課題となっています。

情報共有に関する問題

Koji Sugimura
杉村 光嗣
マネージングパートナー、弁護士
弁護士・弁理士
杉村萬国特許法律事務所
東京
電子メール:kjs@sugimura.partners

医療DXは、大量の医療情報の入手可能性の向上と、個人情報の適切な保護という相反する課題を同時に解決しなければなりません。

医療情報は当然のことながら「個人情報」に分類され、日本の個人情報の保護に関する法律(以下「個人情報保護法」といいます)に基づき保護されています。さらに、医療情報は「要配慮個人情報」として、より厳重な保護の対象となっています。

個人情報保護法では、原則として、要配慮個人情報を第三者に提供するにはデータ主体の同意を得ることが求められています。しかし、個別のオプトインによる同意の取得は、研究等のために大量の医療情報を収集・分析したいと考える医療機関にとって、実務上困難な作業です。

個人情報保護法では、これに対する代替手段が規定されており、医療情報を含む要配慮個人情報は、個人を特定できないように匿名化されていれば、データ主体の同意なしに第三者に提供することができます。しかし、この代替手段を用いる場合、各医療機関はデータを匿名化するという負担を強いられます。もう一つの欠点は、匿名化された医療データには相互参照情報が欠如しているため、匿名化された医療データを受領した研究機関は、機関横断的な分析を行うことができないことです。

次世代の法律

このような課題を解決するために、2018年5月11日に、次世代医療基盤法(正式名称「医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報に関する法律」)が施行されました。

この法律は、健康診断結果や医療記録等の匿名化された個人医療情報の、医療分野の研究開発への活用の推進を目的として設計されています。また、同法では、申請事業者が一定の技術的基準(高度な情報セキュリティが確保されているか、十分な匿名化技術を有しているか等)を満たしているか否か、および申請事業者が医療情報の管理・利用を目的として、匿名化を適切かつ確実に実施できるか否かを、政府が審査する認証制度についても定められています。

医療機関は、データ主体が医療情報の提供を拒否(オプトアウト)しない限り、認証された事業者に医療情報を提供することができます。認証を受けた事業者は、情報を匿名化し、匿名化された医療データを医療研究開発のために研究機関に提供することができます。

つまり、次世代医療基盤法は、個人の権利と利益を保護しつつ、データ主体が医療情報の提供を拒否しない限り、認定された事業者にのみ医療情報が提供されるようにすることにより、医療情報の利用を促進する仕組みを策定することを目指したものです。

次世代医療基盤法の改正

Mitsukuni Terada
寺田 光邦
法務部長
弁護士
弁護士・弁理士
杉村萬国特許法律事務所
東京
電子メール:m.terada@sugimura.partners

しかし、認証された事業者が、匿名化された医療データの形でしか研究機関にデータを提供できないという諸問題が、未解決のまま取り残されています。これは以下のことを意味しています。

(1)研究機関が、少数の症例のデータや特異なデータを希望しても、そのようなデータは他のデータと組み合わせると個人が特定される可能性があるため、実際には使用することができません。

(2) 改正前の次世代医療基盤法では、経時的な病状の変化を追跡するために、個々の患者の医療データを提供し続けることはほぼ不可能です。

(3)研究機関が匿名化された医療データを分析した結果、さらに研究が必要であることがと判明したとしても、データ主体の医療記録から、匿名化された医療データの形式で他の医療情報の提供を受けることは、ほぼ不可能です。

(4)特定の匿名化された医療データの信頼性を、医療記録等の元の医療情報まで遡って検証することは、それが望ましい場合であっても不可能です。

このような問題に対処するため、次世代医療基盤法は2023年5月に改正され、後に「仮名化医療データ」と名付けられるデータカテゴリーが新たに追加されました。改正法は公布から1年以内、つまり2024年5月までに施行されます。

仮名化医療データとは、他の情報と照合しない限り個人を特定できないように処理されたデータをいいます。この新しいデータカテゴリーに分類されるために、個人医療情報から固有のデータを削除する必要はありません。ただし、氏名やその他の識別情報は削除する必要があります。

改正法では、以下のような仕組みが確立されています。

仮名化医療データを作成・提供する事業者を認定し、認定された事業者が、安全管理等の基準に基づき政府によって認定された利用者に対してのみ、仮名化医療データを提供できるようにします。

第1の仕組みは、仮名化医療データを作成・提供できる事業者を政府が認定するというもので、匿名化された医療データの仕組みと共通の構造を有しています。一方、第2の仕組みは、仮名化医療データ特有のものです。

仮名化医療データは、匿名化された医療データよりも個人を特定できるリスクが高いため、政府の認証により利用者も制限されています。また、医薬品の製造販売承認申請のために、認証された利用者は、医薬品医療機器総合機構(PMDA)および仮名化医療データの仕組みを採用する外国の規制当局を含む他の規制当局に、仮名化医療データを提供することができ、認証された事業者は当局に元のデータを提出することができます。

ヨーロッパの類似法令

Takuya Izumi
泉 卓也
国際事業部長
弁理士
杉村萬国特許法律事務所
東京
電子メール:t.izumi@sugimura.partners

改正次世代医療基盤法には、欧州委員会が提案している欧州医療データスペース(以下「EHDS」といいます)と共通点があると考えられます。EHDSは医療データの一次利用および二次利用を規制することを目的としています。注:

一次利用とは、データ主体による利用を指し、患者が医療記録、処方箋および検査結果をEU加盟国間で互換性のある電子データとして保持できるようにすることを目的としています。二次利用とは、研究開発や政策立案などでの利用を指します。

EHDS案では、加盟国は、二次利用のために電子医療データへのアクセスを許可する責任を負う1つ以上の医療データアクセス機関(以下「HDAB」といいます)を指定しなければなりません。データ利用者はHDABにデータへのアクセスを申請し、許可されれば医療データを利用することができます。

この枠組み案では、データ利用者はHDABによって処理された匿名化または仮名化された医療データのみを利用することができます。改正次世代医療基盤法は、特定の政府指定機関がデータ提供者・データ処理者となり、匿名化または仮名化医療情報を利用可能にすることにより、医療情報の利用範囲をさらに広げることを目指すという点で、EHDS案の二次利用の仕組みと共通点があると言えます。

日本の個人情報保護制度は、データ主体の同意に大きく依存しています。しかし、改正次世代医療基盤法やEHDS案のように、データ主体の同意なく個人情報を利用できる制度設計が次々と検討されていることは、日本においても個人情報保護への同意中心主義的アプローチそのものを見直すべきことを示唆していると考えられます。

展望

次世代医療基盤法とその改正法は、医療情報の利用促進を意図したものであり、現実的な問題を解決したことに間違いはありません。しかしながら、システム自体の認知度が低いこともあり、それほど活用されていません。

ただし、今後もあまり使われないということを必ずしも意味するものではありません。著者らは、医療DXの勢いは衰えないと考えています。データベースや他のプラットフォームが整備され、医療情報の活用がさらに活発になる頃には、医療分野にも精通した個人情報保護法の専門家の需要がさらに高まることとなるでしょう。

杉村萬国特許法律事務所

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