自律走行車が現実のものとなった今、日本とタイにおける安全性、責任、管理に関する最新の法整備について考察します
自動運転車をめぐる日本の法的動向
日本では、官民ともに自動運転サービスの導入を模索しています。複数の企業が自動運転サービスを提供する計画を発表しており、日本政府は2026年3月までに国内約50カ所で、自動運転サービスを導入することを目指しています。
人口減少が進む日本では、特に地方における移動サービスの維持と強化が急務とされています。政府は、自動運転バスのような地域モビリティ・サービスをサポートする技術の商業化について議論しています。これらのサービスを円滑に導入するためには、事故時の民事責任や刑事責任など、自動運転車に関する法規制の適用範囲や解釈を明確にし、法的リスクの予見可能性を高めることも重要です。政府は、本稿の筆者である佐藤典仁もメンバーに加わっている、デジタル庁の「AI時代における自動運転車の社会的ルールの在り方検討サブワーキンググループ」(以下、「SWG」)などの各種機関で、こうした法的な問題を議論しています。
本稿では、日本における自動運転車に関する法制度の現状と、最近の議論について述べます。
現行法規
自動運転車に関する法規制には以下のようなものがあります。
- 道路交通法などの交通ルール
- 道路運送車両法、道路運送車両の保安基準(以下、「保安基準」)などの自動車の安全に関する法律
- 自動車損害賠償保障法、製造物責任法などの事故の民事責任に関する法律、民法などの一般法
- 刑法およびその特別法、自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律などの、刑事責任に関する法律
また、自動運転車の運行に関連して、車載データなどの個人情報保護法上の個人情報に該当するデータを取得・利用する場合、当該データを取得・利用する事業者は、個人情報保護法を遵守しなければなりません。
本章では、日本における自動運転車に関する現行の主な法規制を概説します。
道路交通法
日本においては、道路交通法で最高速度制限、減速運転、一時停止などの交通ルールや、飲酒運転の禁止のようなドライバーの責任が定められています。
2019年の道路交通法改正では、自動運転システムを利用するドライバーの義務や、自動運転システムの稼働状況を記録するデータレコーダーの必要性に関する規定が追加されました。道路運送車両法の改正に伴って、道路交通法では、公道に配備できるレベル3の自動運転車に関する規定が設けられました。
さらに、2022年の道路交通法改正では、人が運転をしない、レベル4の自動運転に相当する特定自動運行の許可制度が導入されました。サービス提供者は、関連する地方公安委員会の許可を得なければなりません。この許可制度は、遠隔監視されるバス、タクシー、トラックなどの輸送サービスにのみ適用されます。
道路運送車両法と保安基準
道路運送車両法では、安全、公害防止、その他の環境保全に関する技術基準である保安基準が定められています。
例えば、燃費の測定方法などがこの基準によって規定されています。
公道を走行できるのは、この保安基準に適合した車両のみです。
2019年の道路運送車両法の改正により、レベル3以上の自動運転システムが保安基準の対象となりました。また、国土交通省(以下、「MLIT」)が一定の条件下での自動運転システムの性能が保安基準を満たすと判断した場合に、運行設計領域(ODD)を付与する制度が創設されました。
これと同時に、自動運転システムの保安基準も制定されました。例えば、自動運転システムは、運転中に他の交通の安全を妨げてはならず、乗員の安全を確保しなければなりません。
2019年の改正を前に、MLITは2018年9月、安全な自動運転車の開発と実用化を促進するため、レベル3およびレベル4の自動運転車が満たすべき安全技術ガイドラインを策定しました。このガイドラインには、自動車の安全要件として「自動運転車は、自動運転車の運用設計領域(ODD)において、自動運転システムが引き起こす人身事故であって合理的に予見される防止可能な事故が生じないこと」と記載されています。
道路運送法、貨物自動車運送事業法
旅客や貨物の運送事業を規制する道路運送法と貨物自動車運送事業法については、2023年に関係省令が改正されました。この改正では、輸送の安全を確保するための措置や、事業者が自動運転車を用いて事業を行う場合の手続きなどを、新たに規定しました。具体的には、運送事業者に自動運転安全要員を常時配置することを義務付けています。この要員は、自動運転車の運行の安全性を確保する責任を負いますが、ドライバーではないため、車両の周囲を常に監視する責任はありません。
民事責任
自動車損害賠償保障法は、自動車による交通事故について、民法上の一般不法行為責任に対する特則を定めています。民法では、被害者(請求者)は加害者(債務者)の過失を主張・立証しなければなりません
それに対してこの法律では、自動車の所有者は、以下に記載する免責を証明しない限り、第三者に対する対人賠償責任を負うことになります。(1)所有者とドライバーに過失がないこと、(2)車両に欠陥がないこと。
このような責任は、一定額までは所有者の強制保険の対象となります。事故が車の欠陥によって引き起こされた場合は、所有者が責任を負い、保険会社が被害者に保険金を支払うことになります。そして、保険会社はメーカーに賠償を請求します。
2018年、MLITは、自動運転車事故における同法に基づく責任を含む、民事責任の適用方法について論じた報告書を発表しました。
この報告書は、迅速な被害者救済と既存の保険制度の安定的な運用を実現するために、同法に基づく民事責任を維持すべきである、と結論づけています。他方、保険金を支払った保険会社が、自動車メーカーに自動車の欠陥による損害の賠償を求めることは現実的に困難であるため、保険会社が効果的にそのような賠償を求めることができる仕組みを検討する必要があります。
製造物責任法では、被害者(請求者)が製品に欠陥が存在することを主張・立証すれば、製造者の過失を証明しなくても損害賠償を請求できます。ただし、「製品」にはソフトウェアは含まれず、この法律に基づく製造物責任はソフトウェア自体の欠陥には適用されません。また、たとえ納品から数年後にソフトウェアが更新されたとしても、欠陥の有無は製品の納品時に判断されます。この法律が効果的に被害者を救済するようになるためには、これらの点に法的に対処する必要があります。
刑事責任
日本には、自動車事故を、刑法上の過失致死や過失傷害よりも厳しく罰する特別法があります。刑法の特別法である過失致死傷罪が自動運転車の場合に適用されるかどうかについては、判例がありません。
この特別法は、一般的に人間のドライバーが義務を負うことを前提としているため、自動運転車に適用される可能性は低いです。刑法上の過失致死傷罪がどのように適用されるかが明確でないため、日本政府は刑事責任の予見可能性をどのように改善できるかを議論しています。
展望
日本政府はデジタル庁の機関であるSWGを設立し、事故が起きた場合の法的責任などの法的課題を議論しており、現在もその議論は進行中です。SWGでは、短期的および長期的な課題と、とるべき方向性について、以下の観点から議論しています。(1)被害者の完全な救済を確保する、(2)先進技術を用いた自動運転車の責任ある運行を促進し、2024年5月頃までの合意形成を目指す。
SWGでは、自動運転車の社会的受容を促進するため、事故調査やデータ共有の仕組みも議論されています。中長期的には、この議論が自動運転車に限らず、AIテクノロジー全般に関する法的責任に及ぶ可能性があります。SWGの結論は、日本における自動運転車に関連する法規制の今後の方向性を示すものとして、重要視されるでしょう。
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加速するタイの自律走行車規制
急速な技術進歩の時代にあって、自律システムの普及がさまざまな領域で進んでいます。タイでは近年、自動運転や自動運転車の利用も顕在化してきました。ADAS(先進運転支援システム)の進化により、「ハンズオフ」車両とも呼ばれるレベル2以上の自律走行車(AV)が国道を走るシーンが増加しています。
さらに、港湾などの特定の場所での貨物の荷降ろしに、完全自動運転車両が使われる例もあります。
米国や多くの欧州諸国では、急速に進化する自律走行システムの技術動向に合わせて政策や法整備が進められていますが、それに比べるとタイでは、AVを規制する自国の法的枠組みについては、まだ幼年期の段階にあります。
しかし、関連分野の政策立案者が、この分野において定評のある規制コンセプトの採用を、より積極的に検討するようになっているという兆しはあります。
AVを規制する必要性は、主に安全性と消費者保護にあります。本稿では、ハードウェアとソフトウェアという2つの重要な要素からなる、自律走行を可能にする主な実現手段に関する規制の枠組みの現状について論じます。
ハードウェアについては、他の車両、道路標識、信号機、障害物などを識別して危険解析を行うために、AVに搭載されるセンサー装置や機器、例えば、無線機器とみなされる光検出と測距を行う「LiDAR」やミリ波レーダーなどは、国家放送通信委員会(NBTC)が発行する関連通達の下で規制されています。
これらの通達は、無線設備の技術基準や自動車用のレーダーシステム無線設備の使用許可基準などを定めたもので、NBTCが定める無線設備の技術基準を満たすことなどを求めています。すでに自動車に搭載されているものを含み、無線機器を製造または輸入するには、NBTCから、それぞれの目的に応じた個別の免許を取得しなければなりません。NBTCの通達は通常、センサー技術の仕様の急速な進歩に対応するため、随時見直され、更新されます。
現在、タイの法律ではAV駆動システムに適用される特定の規格はありませんが、2024年初頭、工業製品規格法(1968年)に基づき、AV関連の工業製品規格が発表されました。工業省のこの最新の通達は、都市部や地方での運転をサポートするインテリジェント交通システムやインフラ設備のための、低速自動運転システム(LSADS)サービスの役割と機能モデルに関する基本的な規格を定めています。
それは、自動運転システムの分類、LSADSサービスのインフラサポート、運用コンセプトなどのトピックを網羅しています。この規格は運転監視、緊急対応、運行管理など、自動運転システムを支援するプラットフォームを含む、LSADS搭載車両を利用したサービスのみを対象としており、車載制御システムは入っていません。
これは強制的なものではありませんが、この規格の導入により、タイ法の下におけるAV関連規格の採用に、もう一歩近づいたと見ることができます。また、タイにおけるAVの早期導入が、低速のAVから始まり、モノとヒトの新しい公共交通手段に貢献する可能性もあります。
ソフトウェアについては、自律走行システムは一般的に特定のタスクの人工知能(Al)システム上で動作し、多数のセンサーからの信号入力を処理して、AVの走行システムを制御します。
タイにおけるAl制度は初期段階にあり、2022年にいくつかの法案が提出されています。注目すべきは、人工知能システムを使用する事業運営に関する勅令案において、AV向けAlは、所管政府規制当局への事前登録、リスク制御措置およびリスク管理措置の遵守を含む一定の義務が課されると考えられる、高リスク型Alに分類される可能性があることです。
この勅令案は、欧州委員会が提案したEU Al法のリスクベースアプローチに基づいています。
しかし、タイにおけるAlの法的枠組みが、AV規制にどの程度影響するかは未知数です。Al法がAVメーカーに直接影響しないとしても、AV用Alのサプライヤーが影響を受ける可能性は高いでしょう。
この種の規制で一般的になりつつある域外適用性についても、注意深く監視する価値があります。他方、タイにおいてAIイノベーションの促進と支援に関する法案が提出されており、これに関連する通達案が、2023年開催の公聴会に向けて発行されました。しかし、AVに関する具体的な規定はその内容に含まれていません。
Al規制体制が確立された際には、AVシステムのすべての側面を網羅することはできないとしても、Alに関する重要なルールを分野横断的に確立することになります。
これらの規則には、データガバナンス、データの共有と取引、リスクの評価と管理、技術的堅牢性、安全性、説明責任などが含まれ、タイにおけるAVの導入に一定の影響を与える可能性があります。
言うまでもなく、サイバーセキュリティやデータプライバシー関連の規制も重要な関心事です。これらの法律は過去10年間に導入されたもので、法的枠組みをさらに完成させるため、より詳細な規制が策定されつつあります。
現在のところ、AVに特化した法律がないため、タイにおけるAVとその運用は、交通法、運輸法、自動車法、消費者保護法、製造物責任法、民商法(CCC)に基づく不法行為法、刑法などの一般法に準拠することになります。
これらの伝統的な法律はAVを考慮していないため、AVの使用から生じる責任を決定する際に、困難が生じる可能性もあります。例えば、CCC第437条の第1項は、「自己の所有または管理下にあるメカニズムによって推進される車両によって引き起こされた傷害については、その傷害が不可抗力または傷害を受けた者の過失によるものであることを証明しない限り、その者は責任を負わなければならない」と規定しています。
この規定の意図は、負傷者が歩行者などで車両を使用していない場合、立証責任を運転者側に転嫁することで、運転者に厳格な責任を課すことにあります。
しかし、運転者が常時運転を監視する必要がなく、あるいはAVを全く制御しないため、適切な注意を払ってもこのような傷害を防ぐことができないような高度なAVについては、不可抗力として裁判所が判断できるかどうか疑問が生じます。
さらに、AVメーカーやAVシステム開発者など、他の当事者にも責任が課せられるかどうかという問題も生じます。自動運転モードのAVと非自律走行車の事故、あるいは両者がAVの事故のシナリオを考えると、過失の立証はより難しい問題となるでしょう。
他の既存の賠償責任法も、元来こうした課題に対処するために設計されてはいません。したがって、これらのギャップを埋め、AVに関連する責任をより正確に決定し、裁判所に対してより実用的で有益な証拠を提供するために、(1)自動運転システム使用中、常に要求されるべき運転管理記録、または(2)自動運転使用中、人間の介入を必要とする潜在的なリスクをドライバーに知らせる通知または警告、などの要件を備えた、AV固有の規制の枠組みを開発する必要があります。
Al規制と同様に、AVの法的枠組みは、その利用、革新、さらなる発展を妨げるようであってはなりません。例えば、適用される交通法および自動車関連法を完全に遵守し、リスクを最小限にするための関連基準を満たし、そして自律走行システムの適用要素(すなわちハードウェアおよびソフトウェア)が規制機関に承認されていれば、AVの運用は一般的に認められるべきです。
タイのAV規制は、自動運転システムが作動できる状況の指定や、自動運転装置とシステムの性能がセキュリティ基準に適合していることの保証などについて、すでに法整備が整っている国の法的枠組みに倣うべきです。
また、他の国にはない歩行者の行動や車両の種類、特定の交通条件や場所、地域に適用される特別な法律や規制など、タイ特有の課題も考慮する必要があります。さらに、AVが広く普及し、最終的には車両に乗るのは乗客だけになる可能性があるため、交通法の調整も必要になるでしょう。
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