日本のヘルスケア業界に適用される贈収賄防止法令と業界自主規制

By 西垣健剛、Andrew Trost Griffin と 山本祐司,GIT法律事務所
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日本はアジアで最も腐敗行為(贈収賄、汚職)の少ない国の一つであると言われています。トランスペアレンシー・インターナショナルの腐敗認識指数(公務員と政治家がどの程度腐敗していると認識できるかを数値化し、国際比較したもの)において、昨年、日本は世界18位となっています。アジアの中で日本よりも順位が上の国はシンガポールと香港のみです。しかし、ヘルスケア業界は例外です。医薬品・医療機器メーカーと医療従事者の間の「不透明な関わり合い」に対する監視の目が、厳しさを増しています。

私たちは10年以上にわたり、日本で事業を展開する国際的な医薬品・医療機器メーカーに対し、コンプライアンス・プログラムの確立と内部調査の実施を支援してきました。本稿では、これらの経験を踏まえ、日本で事業を行うヘルスケア企業が直面する主要な法的リスクおよびコンプライアンス上のリスクについて概説します。

社会の注目を集めた事件

Kengo Nishigaki, GI&T Law Office
西垣健剛
GIT法律事務所(東京オフィス)代表社員/パートナー
電話: +81 3 6206 3285
Eメール: kengo.nishigaki@giandt-law.com

スター・ジャパン合同会社は、米国の白内障手術用眼内レンズメーカーであるStaar Surgicalの日本子会社です。2022年5月、同社が複数の眼科医から自社のレンズを使った手術の動画の提供を受け、謝礼を支払っていたことが明らかになりました。自社製品の販売促進を目的として販売担当者1人につき40万円(2700米ドル)の予算を与え、国公立病院の医師を含め合計75人の医師に、総額2145万円の謝礼を支払っていたのです。中には、7本の動画を提供し、220万円を受け取っていた医師もいました。スター・ジャパンは、医師が50枚~100枚のレンズの使用を約束した場合に、このような謝礼を支払っていました。

報道によれば、スター・ジャパンは大手の医療機器メーカーと競合するために、同社のヘルスケア製品の安全性と有効性を確認する目的で撮影される「市販後調査」動画を名目として、医師に金銭的利益を供与せざるを得なかったということです。そのために同社は、内部研修のために動画データを使用するという「ビデオキャンペーン」を設定していました。

この問題に関し、医療機器業公正取引協議会(JFTC-MDI)は、医療従事者や医療機関に対する不当な景品類の支払いを禁じる公正取引自主規制ルール(公正競争規約)にスター・ジャパンが違反したとして、同社を「厳重警告」処分としました。

同協議会は、違反企業名を公表することは稀ですが、この事件では企業名を公表しただけではなく、YouTubeで事件の詳細を公開しました。本稿においては、米国海外腐敗行為防止法(FCPA)などの海外の法令には触れず、ヘルスケア業界に影響を及ぼす日本の贈収賄防止法と業界の自主規制ルールを概説します。

関連する贈収賄防止法

Andrew Trost Griffin, GI&T Law Office
Andrew Trost Griffin
GIT法律事務所(東京オフィス)カウンセル(外国法事務弁護士)
電話: +81 3 6206 3283
Eメール: andrew.griffin@giandt-law.com

日本の刑法は、第25章(第197条から第198条まで)で贈収賄について規定しており、賄賂の提供者と受領者の双方に刑罰が科されます。刑法の対象になるのは公務員に関する贈収賄のみです。

商取引に関連する賄賂については、背任(第247条。他人のためにその事務を処理する者が自己若しくは第三者の利益を図る場合、またはその他人に損害を加える場合)、または取締役による賄賂の受領(会社法第967条)などの他の法令違反が生じていない限り、犯罪にはなりません。

日本の法令では、公務員について明確に定義されています。一部の法令では、公共機関で働く人や公務に従事している人を「みなし公務員」と規定しています。これには、通常、国公立病院・大学で働く医療従事者も含まれます。

刑法の規定では、公務員がその職務に関連して何らかの利益を要求、収受、または約束した場合に犯罪が成立し、その公務員の作為または不作為との請託(対価性)は求められていません。

しかし、賄賂が公務員ではなく第三者に供与された場合は、検察官は請託(対価性)を立証しなければなりません。一例を挙げると、2021年、小野薬品工業株式会社の社員2名が、三重大学病院(国立大学付属病院)に、同社の治療薬オノアクトの処方量を増加させる見返りに200万円の寄附金を提供したとして、逮捕、起訴されました。「奨学寄附金」と呼ばれる研究等の奨学を目的とする寄附金が、大学病院の医療従事者に提供されることは多くあるため、この事件は業界に委縮的な影響を与えることになりました。

不正競争防止法第18条は、同法が域外適用される外国公務員贈収賄罪について規定しています。1997年、日本は経済協力開発機構(OECD)の国際的な商取引における外国公務員贈賄防止条約に署名しました。しかし、日本では、外国公務員贈収賄の摘発は積極的に行われてきませんでした。20年の間に摘発されたのはわずか10件程度であり、罰金の最大額は、日本交通技術株式会社が2015年にベトナム、インドネシア、ウズベキスタンで行った贈賄に対して科された9000万円です。

OECDは日本の経済産業省に対し、法令の改正、罰金の増額〔現在の罰金の最大額は3億円(200万米ドル強)〕、懲役刑の期間の延長(現在は5年)、域外適用範囲の拡大(現在は外国人・外国企業には適用されない)を要請してきました。

しかし、域外適用の範囲を外国人や外国企業に拡大するためには、域外適用に関する刑法の規定を改正する必要があり、刑法は経済産業省ではなく法務省の管轄であるため、実現は難しいでしょう。

Yuji Yamamoto, GI&T Law Office
山本祐司 
GIT法律事務所(東京オフィス)アソシエイト
電話: +81 3 6206 3927
Eメール: yuji.yamamoto@giandt-law.com

世界で最も詳細な倫理規定の一つである、国家公務員倫理法・倫理規程では、国家公務員が接待や金銭・物品の贈与を受けることを禁止しています。しかし、これらの倫理法・倫理規程の適用対象は国家公務員(国会議員・大臣を除く)のみであり、地方公務員や「みなし公務員」には適用されません。もっとも、地方自治体と国公立病院の多くは、上述の倫理法・倫理規程と同様の倫理規程を定めています。

国家公務員を接待することも、これらの規制により禁止されています。国家公務員と飲食を共にした場合には、各自で費用を負担しなければなりません。さらに、各人の飲食費が1万円を超える場合には、国家公務員は倫理監督官に事前に届出を行う必要があります。

ただし、国家公務員が、出席者20名以上の立食パーティーに参加することは認められています。通常の昼食時間帯に、3000円以内の昼食を提供することも認められます。従って、ヘルスケア企業は、学会の立食パーティーに医療従事者を招待すること、また自社の製品の製品説明会において昼食を提供することはできます。しかし、国家公務員は、たとえ費用を自己負担したとしても、利害関係者とゴルフや旅行をすることはできません。ただ、興味深いことに、テニス、野球、囲碁、チェスは認められています。

業界の自主規制ルール

JFTC-MDIと医療用医薬品製造販売業公正取引協議会は、医療従事者との交流を規制する公正競争規約(FCC)を定めています。これらの規約は、不公正な景品類の提供を規制する法律である、不当景品類及び不当表示防止法に基づき策定されています。FCCは、医療従事者・医療機関への不当な景品類の提供を禁じる業界の自主規制ルールです。規制の対象には、食事、贈答品、寄附、ダイレクトスポンサーシップ、市販後調査、非金銭的支援の提供、手術室での立ち会いなどが含まれます。

JFTC-MDIは300ページにも及ぶ解説書を出版しています。しかし、コンプライアンス担当者がそれを読み解くには、業界に対する深い理解が必要となるでしょう。留意すべきFCCの規制には以下のようなものがあります。

飲食費の上限 医療機器メーカーは商談の際に、1名につき1万円までの食事を提供することができます。他方、医薬品業界の協議会のFCCでは、費用の上限は1名当たり5000円であり、事前に食事の予約をすることはできません。つまり、医薬品メーカーの販売担当者は、医療従事者を飲食店に誘う前に、まず、商談を始めなければなりません。医療機器メーカーの販売担当者が医療従事者を食事に招くことは珍しくありませんが、医薬品メーカーの販売担当者にとっては稀なことです。

どちらの業界のFCCにおいても、講演に対する謝意を示す場合などの特別な場合には、医療従事者に2万円以内の食事を提供することができます。しかし、医療従事者に対し、当初の懇親会に続いて別の場所で飲食を提供すること(二次会)は禁止されています。医師向けの説明会などでは、簡素な弁当などの、3000円以内の食事を提供しても構いません。

奨学寄附金 奨学寄附とは、大学病院や学術団体への研究目的の寄付です。慈善目的の寄付とは異なり、医療従事者が行う研究を奨励するためのものです。FCCでは特定の研究テーマは要件となっておらず、がんの研究といった一般的な目的の研究も許容されています。しかし、メーカーが大学病院での販売を促進するために奨学寄附を悪用する事例は少なくありません。また、医療従事者がメーカーに対して、病院の処方箋リストに製品を含める見返りに奨学寄附の提供を要求することも稀ではないのです。

公表された事例として、三重大学病院臨床麻酔部元部長の教授が小野薬品工業株式会社に対し、処方を増やす見返りに奨学寄附を求めた事件が挙げられます。

この事件以降、一部のヘルスケアメーカーは、奨学寄附の廃止や、独立した寄附委員会の設立を実施しています。しかし、医師の認識は変わっていません。大学病院は依然として、研究費用に充てるために奨学寄附を必要としています。そのため、メーカーは、奨学寄附リスクを低減するために奮闘しています。

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