損害保険にはじまり海上貨物保険にいたるまで、アジアの保険専門弁護士はいつも変わらず多忙に見えますが、実際には目に映っている以上の動きが進行しています。Brian Yapがレポートします。
アジアの主要地域における保険・再保険市場は、損害保険(P&C)、役員賠償責任保険、ファイナンシャル・ライン、海上貨物保険など、各分野で継続して活発な動きを見せており、堅調かつ安定した状況が続いています。
Asia Business Law Journalの取材に対し、大中華圏、韓国、日本、東南アジアで業務を行う国内外の法律事務所に所属する保険専門のシニア弁護士のほぼ全員が、最近、多忙を極めている法律業務を即座に列挙しました。その法律業務とは、製造物責任や製品リコール請求から、火災関連の損失に起因する代替的リスク移転や再保険紛争まで多岐にわたっています。
これらはいずれも、各法域の規制関連の法律業務に加えて発生しているもので、5月30日に日本の議会(国会)で承認された保険業法の改正法案も、その一例として挙げられます。
この改正は、大規模な独立系代理店による保険金の不正請求や、日本の大手損害保険会社による企業向けの保険販売に関する不適切な価格調整など、独占禁止法違反の可能性がある不正行為をきっかけになされたものです。本改正は来年5月末までに施行される予定ですが、適切なガバナンス体制の整備を義務付けるとともに、特定の保険会社専属ではなく、複数の保険会社のために活動する大規模な独立系損害保険代理店の業務に制限が課されることが見込みです。
「この改正は、保険代理店を対象とするM&A取引など、さまざまな種類の取引に影響を及ぼします。関係者は改正に対応するため追加措置を講じる必要があるでしょうし、保険会社と保険代理店間のサービス取引についても、特別利益の提供禁止の観点から対応が求められるでしょう」と、東京の西村あさひ法律事務所で規制、投資、再保険などの保険分野を特に専門とするコーポレート・パートナーの忍田卓也氏は述べています。
しかし、広範に影響をおよぼす動きはこれだけではありません。保険・再保険分野で日常的に発生する出来事や、それに伴う法律業務の背後には、最近の3つの世界的・地域的な出来事が進行しており、その不確実性がアジアの保険専門弁護士にとって課題と機会が混在する状況をもたらしています。
3月28日、ミャンマーおよび隣接するタイでマグニチュード7.7の地震が発生し、多くの人的被害と建物の甚大な損壊をもたらしました。ロイターは4月4日、ミャンマーでの死者数が3000人を超えたと報じています。バンコクを拠点とするTilleke & Gibbinsのパートナーで企業・商事グループのディレクターであるNop Chitranukroh氏は、最近の地震やその他の自然災害が「確実に」保険業界へと影響を与えていると語っています。
Chitranukroh氏は「当事務所では、保険金請求の拒否や補償限度額を巡る紛争など、係争案件が増加しているのを目にしています」とも付け加えました。Chitranukroh氏は、Tilleke & Gibbinsではテクノロジーおよび保険チームのリーダーの一人であり、米国大手保険会社AIGのタイ法人の元ゼネラル・カウンセルでもあります。
今後さらに係争案件が増える可能性もあります。バンコクのRajah & Tann Thailandで海運および保険・再保険分野を担当するパートナーのIttirote Klinboon氏は、今回の地震によって発生した10億バーツ(3060万米ドル)規模の保険金請求の大半が、現在も査定・調整段階にあると指摘しています。これらの請求は主に、財物損害保険、建設保険、オールリスク型保険、エンジニアリング保険、および賠償責任請求に関わるものです。
しかしKlinboon氏によれば、多くの法的紛争はまだ大幅に急増しているわけではありません。その理由として、多くの保険金請求がまだ処理中であることや、大手保険会社が再保険によるバッファーを持っているため、積極的に請求を拒否する必要性が低いことなどが挙げられます。ただし同氏によれば、設計や監督の不備など構造的な責任問題は、特に注目度の高い案件では最終的に訴訟に発展する可能性があると指摘しています。
「現時点では、法律事務所は大量の紛争を積極的に訴訟に持ち込むというよりも、むしろ状況を注視している段階です」とKlinboon氏は語ります。
また、同氏は国際売買契約に関する貿易関連の紛争が継続して発生していることも指摘しています。これらの紛争は通常、売主が商品の代金支払いを求め、買主が財務不安や為替変動により債務不履行となり、貿易保険会社が損失を補填した後、売主の権利を代位取得して買主に請求するという流れです。
このような貿易関連の紛争の影響で、未払いリスクを軽減するために貿易信用保険の利用が増加しており、法務チームはしばしば国境を越えた代位訴訟に関与しています。
Klinboon氏はまた、関税政策や倒産リスクなどのマクロ経済的な変動が、こうした紛争を引き起こしていると指摘し、厳しさを増す世界貿易の環境下で、保険が法的措置のバッファーであると同時に引き金にもなっていると述べています。
4月には、米国のドナルド・トランプ大統領が、ほとんどの貿易相手国に対して10%の基本関税を課し、中国、EU、日本など一部の貿易相手国にはさらに高い相互関税を課すという、グローバルな関税体制を導入しました。
「このような紛争の主な原因と貿易保険利用の増加は、トランプ政権の世界規模の関税政策と、世界中の金融の変動によるもので、その結果、当事者が資金繰りに行き詰まり、債務超過に陥っているのです」とKlinboon氏は説明しています。
ソウルのDentons Leeに所属し、米国弁護士資格を持つシニア弁護士で、保険・再保険プラクティス・グループの統括責任者兼国際業務責任者であるJohn Kim氏も、サプライチェーン紛争への対応に追われています。
トランプ政権の世界規模の関税政策の下で、Kim氏は「今後、多くの契約違反が発生し、それに伴い、貿易信用保険に関する紛争が多数生じるでしょう」と述べています。
「もし米国で自動車を販売し、韓国から部品や自動車部品を供給している場合、25%の関税がかかります。この関税は確実にサプライチェーンに悪影響を及ぼします。我々が危惧するのは、自動車業界だけでなく、農業、鉱物、鉄鋼、石油、エネルギーなど、あらゆる分野で世界的なサプライチェーンに大きな混乱が生じることです」とKim氏は語ります。
トランプ政権の世界規模の関税政策において、主要な標的となっている大中華圏を拠点とするInce & Co Hong Kongのパートナーで保険プラクティス責任者のRosita Lau氏は、米国の現政権によるこのような関税措置の下で、米国向けの貨物の出荷を拒否できるかどうかについて多くのクライアントから相談を受けていると言います。
「なぜなら、もし貨物を出荷した場合、貨物が該当する米国の港に到着した時点で荷主もしくは荷受人のいずれも関税を支払わなければ、貨物は船上に留め置かれることになります」と、海運・港湾・ターミナル・プラクティス責任者であり、25年以上の経験を持つLau氏は語ります。4月9日、トランプ政権は中国への関税を、4月2日発表の54%から145%に引き上げました。その後、5月12日に米中両国は一部追加関税を90日間停止することで合意し、米国は145%の関税を30%に引き下げ、中国も米国製品への関税を125%から10%に引き下げました。
6月11日、トランプ氏は、ロンドンでの2日間の協議を経て、関税率を含む貿易摩擦の緩和を目指す枠組みに米中両国が合意し、米国の中国からの輸入品に対する関税は55%に、中国による米国製品への関税は10%に設定することを発表しました。
Lau氏は、今後もクライアントから、貨物の出荷を全面的に拒否すると契約違反になるのか、または、契約で合意した貨物の一部のみを米国向けの船に積載した場合はどうなるのか、などの緊急の相談が続くと予想しています。また、貨物の出荷を拒否した場合、契約のどの条項を根拠に自らを保護できるかについても、クライアントは知りたがっていると同氏は言います。
クライアントが懸念しているはこれだけではありません。「合意通りに貨物を米国の港に出荷した場合、貨物が米国の港に到着した時点でもし誰も貨物を引き取らなければ、貨物の荷下ろしやその後の保管や処分にかかる全ての費用について、保険会社から確実に補償を受けるために追加の保険に加入する必要があるのか」という相談もあるとLau氏は述べています。
Lau氏は、貨物が船舶を占有していると船舶の利用が妨げられるため、請求額が非常に大きくなる可能性があり、これは小さな問題ではないと強く主張します。
Ince & Co Hong Kongの保険プラクティス責任者であるLau氏は、4月にトランプ政権が発表したUSTR(米国通商代表部)301条に基づく入港料によっても、不確実性が生じていると指摘しています。この入港料は、中国で建造され、中国企業が運航または所有する船舶に対し、今年10月から1純トンあたり50米ドルが課される予定です。
Lau氏は、保険会社は被保険者が十分に保護されるよう確実に対応するだろうと言います。
「彼らは、いかなる貨物であっても、貨物の輸送と米国の港への船舶の航行が、確実に適切な補償の下にあるようにしなければなりません。これは特に、中国で建造され、中国企業が運航または所有する船舶をチャーターしている貨物保険会社や用船者にとって、大きな懸念事項です」とLau氏は説明しています。
しかし、アジアの企業にとって、事業は継続しなければならず、保険会社も例外ではありません。
日本の保険市場の縮小と、契約者に適切なリターンを提供する必要性から、事業拡大や利益増加を目的としたM&A活動を含む他社への投資は、一般的に日本の保険会社の成長戦略の一部となっています。
「株主からのリターンの要求がこれまで以上に強まっている状況に直面して、日本の保険会社は保険関連事業にとどまらず、非保険分野への事業拡大も検討しています」と、東京の西村あさひ法律事務所で、保険等の分野を担当するM&Aおよびコーポレート・パートナーの中山達也氏は語ります。
グローバル市場データプロバイダーのディールロジックの報告によれば、昨年1月から今年6月にかけて、日本の大手保険会社4社(第一生命ホールディングス、明治安田生命保険、日本生命保険、東京海上ホールディングス)は少なくとも21件のM&A取引を実行しました。これら21件の買収は、上記の期間中に直接または子会社を通じて開始・完了した国内外の案件であり、このうち取引金額が非公開な案件を除いて、少なくとも33%以上が10億ドルの規模でした。
21件のうち、相当数が保険業界の同業他社を買収対象としたものでしたが、コンピュータ・電子機器、不動産、ヘルスケア、建設、金融などの他業種の企業も含まれていました。
一例として、昨年初めに第一生命ホールディングスが、日本の従業員福利厚生サービス提供プロバイダーのベネフィット・ワンを同社の親会社パソナグループから、公開買付けで20億米ドルで買収した案件が挙げられます。
他業種の企業とは異なり、日本の保険会社は保険業法に基づいて、金融庁の監督の下、高度に規制の厳しい業界で事業を行っています。
保険業法は、日本の保険会社の子会社や関連会社に認められる事業の範囲を制限しているため、特定の企業を買収する際には、金融庁の承認を得たり届出が必要となったりする場合があります。
また、日本の保険会社には、規制上の資本要件という形で制限が課されています。日本の保険会社は、ソルベンシー・マージン比率と呼ばれる資本基準を確立・維持することが求められており、これは、通常の予測可能な範囲を超えるリスクが発生した場合に、契約者への支払いを確保するための十分な準備資本を維持する資本基準として機能します。
中山氏は、事業範囲の制限について、買収者がどのような種類の保険会社であるかによって規制が異なると指摘しています。
「もし保険会社自体が保険業界内外の他社を買収する場合、金融庁は買収対象企業の事業分野を厳しく審査して、その企業の事業リスクを評価します」と中山氏は言います。
もう一つのシナリオは、買収主体が保険持株会社である場合です。保険持株会社が買収主体の場合、金融庁は、保険持株会社がどのような子会社や関連会社を取得しようとしているのかをチェックし、今後の動向を注視しようと試みますが、それらの子会社や関連会社の事業分野については厳格に規制されることはありません。
「一部の会社は非保険会社を買収するために買収ビークルを設立しますが、規制上の観点から言えば、保険会社は依然として金融庁の承認を得るか届出を行う必要があります」と中山氏は付け加えています。
これらすべての不確実性と混乱の中で、保険専門のシニア弁護士との会話から一つだけ明らかなことは、彼らのもとにもたらされる法律業務はさらに増えるだろうということです。
























