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済連携協定(Economic Partnership Agreement:「EPA」)及び投資協定(投資協定及び投資章を有するEPAを「投資関連協定」と呼ぶ。)は、会社の規模に関わらず海外進出する企業にとって非常に有用なツールである。なぜなら、これらの協定により進出先国の法令で規定されている規制が日系企業については特別に緩和されていたり、法令に基づかない現地でのビジネス上の障害を日本政府と共に解消するための枠組が整備されていたり、進出先国の政府との紛争解決のための特別な枠組が設けられていたりするためである。

Yusuke Hatakeyama, Mori Hamada & Matsumoto
畠山 佑介
弁護士
森・濱田松本法律事務所
Tel: +81 50 5329 8228
Email:yusuke.hatakeyama@mhm-global.com

それにも関わらず、具体的な活用方法を知らないために活用の機会を逃している企業も多い。例えば、投資関連協定の認知度に関するJETROによる2020年度「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」によれば、海外に拠点を有する日本企業966社のうち、大企業の35.5%、中小企業の58.7%は投資関連協定について全く知らないと回答している。以下で触れるとおり、日系企業の主要な進出先国の大部分がEPA及び投資協定によってカバーされつつあり、より有利な条件での海外進出や事業上の問題解決の可能性があるにも関わらずこれらの協定を活用しないのは宝の持ち腐れである。

日本の経済連携協定及び投資協定の締結状況

日本は近年、EPA及び投資協定を積極的に締結しており、2021年3月末現在で、19のEPAが48か国について発効している(図表1参照)。特に、2018年以降、CPTPP(TPP11)、日EU‧EPA、日米貿易協定といったメガEPAと呼ばれる巨大な経済圏を作り出すEPAが相次いで発効したことは特筆に値し、2020年11月には日系企業の進出が多い地域をカバーするRCEP(日中韓、ASEAN10か国、豪州及びニュージーランドの15か国によるメガEPA)が署名され、早期の発効が期待されている。また、日本の発効済みの46の投資関連協定は、75の国と地域をカバーしている。

図表1のとおり、EPAのネットワークは重層的に張り巡らされており、別途投資協定が存在する国もある。例えば、シンガポール及びベトナムとの間では、①それぞれとの二国間EPA、②AJCEP協定(日本とASEAN10か国とのEPA)及び③CPTPPが発効しており、④今後RCEPが発効した場合には同協定も選択肢に入ってくる。各企業はいずれの協定を用いるのかを自由に決定できるため、比較検討の上で自社に最も有利な協定を選択すればよい。

本稿では、上記を踏まえて、下記2~5においてEPA及び投資協定の戦略的な活用について解説する。具体的には、外資規制の明確化‧緩和、進出先国での投資の保護及び自由化、進出先国のビジネス環境の整備、進出先国との間の紛争解決という企業活動の諸段階におけるEPA及び投資協定の戦略的な活用の具体例を紹介する。読者が検討する際の手掛かりとして、項目タイトルと共にEPA及び投資協定の関連する章を掲げているためご参照いただきたい。

【図表1:日本のEPA締結状況】(筆者作成)

EPA

二国間EPA AJCEP協定*1 CPTPP RCEP
シンガポール、ベトナム
マレーシア、ブルネイ  △*2
タイ、インドネシア、フィリピン ×
カンボジア、ラオス、ミャンマー × ×
メキシコ × ×
チリ、ペルー ×  △*2 ×
スイス、モンゴル × × ×
インド × ×  ×*3
豪州 ×
ニュージーランド × ×
カナダ × × ×
EU27か国) × × ×
英国 ×  ×*4 ×
米国 ×  ×*5 ×
中国、韓国  ×*6 × ×

(凡例)○:発効済み、△:署名済み未発効、×:協定が不存在又は参加国ではない

*1:別途、サービス貿易及び投資に関する改正議定書があるところ、当該議定書は本稿執筆時点において日本、ブルネイ、カンボジア、ラオス、ミャンマー、シンガポール、タイ及びベトナムについては発効済みであるが、インドネシア、マレーシア及びフィリピンについては未発効である。

*2:TPP11協定の原署名国であるが、本稿執筆時点において国内手続を完了していないため未発効である。

*3:インドはRCEP交渉の参加国であったが、2019年11月に交渉からの離脱を表明し、2020年11月の署名国に加わらなかった。ただし、インドの将来的なRCEPへの復帰を期待して「インドのRCEPへの参加に係る閣僚宣言」が作成されている。

*4:英国は、2021年2月にCPTPPへの加入申請を行った。今後、加入に向けた交渉‧手続が進められる。

*5:米国は、CPTPPの前身の12か国でのTPP協定の原署名国であるが、2017年1月に離脱した。

*6:日中韓3か国でのEPAを現在交渉中である。

外資規制の明確化‧緩和(EPAサービス貿易章‧投資章、投資協定)

大多数のEPA及び一部の投資協定は、自国の外資規制(出資比率制限等)を協定内で明示することで義務を明確化し、一部の項目については締約国間のみで特別に外資規制を緩和している。例えば、ベトナムは従前は国内での電子ゲームサービスの提供者に49%の外資出資制限を設けていたが、CPTPPの発効から2年目(2020年12月30日)にはCPTPP締約国に対して同制限が51%まで緩和されており、今後発効5年目には当該制限は完全に撤廃される。このように、EPA‧投資協定によって特別に過半数の支配権を保持することができるようになることは、外資規制の緩和の典型例の一つである。また、CPTPP締約国に対しては、ベトナムでのコンビニ‧スーパー等の2店舗目以降の出店について本来要求される経済需要テストが協定発効5年目から廃止される等の外資規制の緩和の例もみられる。このように、外資規制の緩和によって新たな事業機会が創出されている場合もあるため、自社の関心分野についてEPA及び投資協定によって外資規制が緩和されていないかを検討することは重要である。

投資の保護及び自由化(EPA投資章、投資協定)

投資受入国において、投資財産に対する適切な補償を伴わない収用、突然の不合理な規制変更、許認可取得の不当な遅延、技術移転の義務付け、現地政府と約束した投資条件(補助金の交付や免税等)の破棄等の投資後の待遇に関する課題に直面した場合には、投資関連協定に基づいて問題解決に当たることが有力な選択肢となる。投資関連協定の主要規定及び対応可能な課題の例は図表2のとおりである。なお、自由化型と呼ばれる投資関連協定では、投資設立後の保護のみではなく、投資参入段階における内国民待遇及び最恵国待遇等も規定されている。

【図表2:投資関連協定の主要規定及び対応可能な課題の例】(筆者作成)

規定 内容 対応可能な課題の例
収用及び補償 投資財産を収用する場合には、公共目的に基づき正当な手続に基づいて行われる無差別の措置であり、かつ、十分な補償が迅速に支払われなければならない。 自社が保有する工場を国有化された(直接収用)。恣意的な許認可の剥奪により投資財産の利用や収益機会が阻害された(間接収用)。
内国民待遇 相手国の投資家又はその投資財産に対して、自国企業に与えている待遇より不利でない待遇を与える。 投資受入国の企業は許認可を受けているにも関わらず、自社は合理的な理由なく同種の許認可を受けられていない。
最恵国待遇 相手国の投資家又はその投資財産に対して、最も有利な待遇が与えられている第三国の投資家又はその投資財産に対する待遇よりも不利でない待遇を与える。 第三国の企業は許認可を受けているにも関わらず、自社は合理的な理由なく同種の許認可を受けられていない。
公正かつ衡平な待遇 相手国の投資家又はその投資財産に対して、公正かつ衡平な待遇を与える。適正な手続を行う義務、恣意的な措置の禁止、投資家の合理的な期待を保護すること等を含むキャッチオール的な規定である。 合理的な理由なく許認可の更新を拒絶されたり、許認可手続が不当に遅延した。
特定措置の履行要求の禁止 投資家の自由な投資活動を妨げる特定措置の履行要求(輸出要求、現地調達要求、技術移転要求、自国民雇用要求等)を投資の条件とすることを禁止する。 現地政府から技術移転や同国で生産された産品を現地での製品の製造に使用することを求められた。
義務遵守(アンブレラ条項) 投資家と投資受入国政府との間の契約上の義務を投資協定上の義務と扱う。これにより、契約違反として投資受入国における裁判等で争うだけではなく、投資協定に基づく投資仲裁の提起も可能になる。 現地政府から一定の補助金を受けられるとの約束を取り付けたから進出したにも関わらず、進出後に当該補助金交付の約束を反故にされた。

ビジネス環境の改善(EPAビジネス環境整備章)

ビジネス環境改善のための枠組

日本の発効済みの19のEPAのうち、日‧シンガポールEPA、AJCEP協定、日EU‧EPA、日米貿易協定及び日英EPAを除く14のEPAにおいて、ビジネス環境整備に関する規定が設けられている。対象となる「ビジネス環境」とは、自国企業が進出先国において事業を行う際に置かれている環境を広く意味し、進出先国の国内法令やEPA‧投資協定における約束内容に関係するものでなくても、自社の事業活動に関係があれば改善要請の対象とすることができる。例えば、これまでに邦人への犯罪防止、許認可手続‧出入国管理手続の迅速化、行政手続の透明性の向上、物流インフラの改善、雇用‧労使問題の改善、模倣品対策、税関手続の簡素化、税制上の問題点の解消等について実際に改善がなされている。

手続的な観点からみると、ビジネス環境整備章により相手国政府内に常設の連絡事務所‧窓口が設置されるため、相手国側に照会‧申入れ等を行うための公式のチャンネルが常時確保されている。当該枠組に基づく相手国政府への申入れ及び協議は、企業が自ら行うのではなく現地の日本大使館等が実施するため、企業が単独で外国の政府機関と折衝を行う場合に比べて相手国側がより真剣に対処する可能性が高い。また、問題が大使館レベルで解決しない場合には、日本政府と相手国政府との間で随時開催されるビジネス環境整備に関する委員会の会合において政府間協議として扱うことも可能である。なお、当該委員会は両国の政府職員により構成されるが、直接的に利害関係を有する当事者の参加も認められるため、企業が日本政府の代表者と共に相手国政府と直接協議することも可能である点が特徴的である。

現実的な選択肢としてのビジネス環境整備章

ビジネス環境整備章の実務的な有用性は周知されているとは言い難いが、下記5で説明する投資仲裁よりもソフトな現実的対応策の一つとして理解しておくことが望ましい。具体的には、投資仲裁は平均して解決までに3~4年かかり、数千万円から数億円の費用を要する。また、投資仲裁に基づいて相手国から賠償を得られたとしても、その後同国における事業の継続に際して不当な対応を受ける懸念を払拭できない場合もある。これに対して、ビジネス環境整備章の枠組を活用する場合には、コストやそのような懸念は少ない。

もっとも、ビジネス環境整備章に基づく要請は、投資仲裁その他の法的手続と異なり、あくまでも相手国側による任意の改善を求めることができるに留まり、改善のための措置の履行を法的な意味において強制することはできないという限界はある。しかし、裁判‧仲裁等の手続ではないため、判断者となる裁判官‧仲裁人に対して自社の請求内容に関する主張‧立証をする必要はなく、相手国の政府当局が問題点を把握し、改善措置を行う必要性を認識することができる程度の申入れを行えば足りる。このように、手続的負担が軽いという利点もあるため、投資仲裁の提起の前にビジネス環境整備章に基づく申入れをしてみる価値がある。

紛争解決(投資関連協定)

投資関連協定の多くでは、投資家と投資受入国との間で投資財産に関する紛争が生じた場合には、投資家が当該紛争を投資紛争解決国際センター(ICSID)や国際連合国際商取引法委員会(UNCITRAL)の仲裁規則に沿った仲裁(投資仲裁:「ISDS」)に付託できる旨を定めている。これにより、投資家は上記2で説明したような投資受入国側の義務違反が解消されない場合には、投資受入国に対して投資仲裁を提起できる。特に、投資受入国の裁判所における同国政府を相手方とした裁判手続では公正な判断が得らえるか懸念がある場合もあるため、公正な仲裁手続で紛争解決できるメリットは大きい。

投資仲裁では、上記4で解説したビジネス環境整備章の枠組とは異なり、投資受入国による具体的な義務違反について主張立証する必要があり、時間的金銭的なコストも大きい。しかし、コストを上回る投資受入国からの金銭賠償が期待できる場合には、投資仲裁の提起を検討する意義がある。また、実際に投資仲裁を提起しないとしても、これを投資受入国との交渉のカードとして利用することも十分に考えられる。

なお、日豪EPA、日EU‧EPA、日英EPA等では投資仲裁は採用されていない。また、CPTPPでは投資仲裁を利用可能であるが、公正衡平待遇義務の規定が他協定のそれと異なっているなど、協定によっては独自の制限がある場合もあるため、利用しようとする協定の内容を事前に検討する必要がある。

まとめ

上記のとおり、海外進出を行う企業がEPA及び投資協定を活用できる局面は多数ある。また、本稿では紙幅の関係で紹介していないが、EPA及び投資協定にはこの他にも企業が活用可能な規定が存在する。海外進出の際に現地法しか検討しなければ、本来EPA及び投資協定によって得られたはずの待遇を失うという意味で、厳しい競争環境の中で他社との関係で不利になる可能性がある。したがって、EPA及び投資協定に関する正確な理解を得た上で、事業活動の具体的事例の中で活用できる局面がないかを常に検討することが望ましい。

Mori-Hamada-&-Matsumoto

畠山 佑介
弁護士
Tel: +81 50 5329 8228
Email: yusuke.hatakeyama@mhm-global.com
Mori Hamada & Matsumoto
16th Floor, Marunouchi Park Building
2-6-1 Marunouchi, Chiyoda-ku
Tokyo 100 8222, Japan
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